
前編では日本橋三越本店を彩る、数々のアート作品を通して、三越の理念やDNAを従業員やお客様に共感、浸透させるための本物・本質を追求する独自のアート戦略の核心に迫りました。
後編では、日本橋三越本店・美術担当マネージャーの金子氏と現代アーティストの藤崎氏から、オフィスアートをはじめとする現代社会におけるアートが果たす役割や未来に向けたアートの持つ可能性の広がりについて語っていただきました。
目次
アートの力がスポーツやオフィス、社会のいろいろな場に広がってきている!
スポーツのベストパーフォーマンスを引き出す
――藤崎さんや金子さんは、多くのアートプロジェクトに携わっているかと思いますが、アートが果たす役割についてどのような変化を感じていますか。
藤崎:そうですね。現在の社会の中でアートに期待するもの、アートがもたらす効果が大きく変わってきていると思いますね。
身近な例では、友人が手がけたプロジェクトですが、Jリーグの鹿島アントラーズのスタジアムでのアートプロジェクトの話が興味深かったですね。
当時チームの成績がなかなか上がらない中で、ひとつの試みとしてピッチに出ていく通路に60mにも及ぶ壁画を描いたそうです。壁画が描かれた後、アントラーズは連勝が続くなど好成績を上げ、昨年はJ1で優勝を果たしました。もちろんアートだけの効果とは言えませんが、メンタル的に選手の士気などに好影響を与えた効果があったものと予測されます。
最近では、プロアスリートやオリンピック選手などをはじめとして、試合でベストパーフォーマンスを発揮するためにメンタルトレーニングの重要性が叫ばれており、そういった分野の専門トレーナーも増えています。アメリカでも多くのスポーツスタジアムで、ビッグアートや選手を鼓舞するためのアートが随所に見られます。
メンタル面が大きく影響するスポーツとアートは、親和性が高いと言われています。選手はアートによって、元気づけられたり、士気が高まったり、リラックスしたりする効果が生まれ、さらにスタジアムアートには人が集まり、そこに新たな文化が生まれ、経済の活性化にも影響するような善循環にも繋がっていくような例も見られます。

働いている人へもアートの力を
金子:オフィスやビルなどでアートに対するニーズが高まっている背景には、少子高齢化が進む中、人材確保のためのオフィスでの働き方改革の推進やより働きやすい環境づくり、さらに従業員のエンゲージメントの向上などが挙げられるかと思います。
例えば、目標達成に向けてチームの士気や一体感を高めていくマインドを醸成、維持していくための仕組みも重要であり、さらに、あきらめずにチャレンジする強いメンタルや気分に応じて集中またはリラックスできる環境構築も必要です。
このようなオフィス環境下でのアートに期待できる効果としては下記が考えられます。
◉ビジネス空間におけるオフィスアートの期待効果
- 企業理念・ブランディングの理解促進・共感
企業理念やビジョンなどは、言語化されたままでは理解しにくいため、アートで可視化、イメージを具現化することで理念への共感や理解浸透を促進する効果をもたらすことが期待できます。 - コミュニケーションの活性化
アートが社内の対話のきっかけとなり、組織内のコミュニケーションを促進します。 - 創造性・発想力の向上
アートに触れることで右脳が刺激され、自由な発想や直感的な思考が促進されます。 - チームの士気・やる気の向上
アートで表現されたポジティブなメンタリティを醸成することで、チームの士気ややる気を向上させる効果が期待できます。 - リラックス・リチャージ
アートを通して精神的な癒しやリラックス感を与えることが期待できます。
これまでは、仕事に関係するもの以外はオフィスには置かないという考え方が主流でしたが、むしろ目的を持って従業員のメンタルを良好な状態に保っておくためにアートを効果的な手段として積極的に活用しようとする経営者の方々も増えています。
私たちは、日本画・洋画・工芸・彫刻・現代アートなどあらゆるアートに精通し、どんなジャンルでも目的に応じてアート作家をプロデュースし、オフィスアート等による課題解決をご提供できるのが強みとなっています。
――藤崎さんは、現代アートの表現においてどのような点に魅力や可能性を感じていらっしゃいますか。
藤崎:随分前の話になりますが、京都の美大生だった頃、青森のねぶた祭りを見たいと思い、自転車で出かけたことがあります。その途中で、延々と続く長い登り坂を走っている時に、急に視界が開けてきて目の前に海の景色が一面に広がったことがありました。なんだか海がどんどん自分に近づいてくるような不思議な視覚感覚の変化が起きて、肌の感覚がものすごくリフレッシュされて、これまでにないような不思議な感覚に包まれた時があったのです。
この変化がきっかけとなって、そこから感じたことのないような何かが肌感覚で呼び起こされるような、そんなアート作品を作ってみたいと思うきっかけとなった出来事でした。そこから、素材の特性によって蓄積される形、変化していく形を捉える自然の中で発見するような美しさや迫力を、制作の過程の中に偶然性や無作為な動きを取り入れることで導き出したいと考え、作品づくりを通して探究しています。

金子:藤崎さんの作品を写真で見ても、一元的にしか見ることができずその魅力や面白さは、なかなか見えてこないと思います。しかし、実物の作品では見る角度や光の当たり方などで、イキイキとした違った表情の変化を見ることができます。
また、その時の自分の状態や気持ちのあり方で、同じ作品を見ても違った表情に見えてくるかもしれません。そんな作品が物語る、見えないストーリーを愉しんでみるのも面白いかと思います。
三越が掲げる「CONTEMPORARY : コンテンポラリー」とは、現代・同時代という意味です。価値観が多様化するいま、社会を映し出す鏡であるアートの在り方にもさらなる多様性が求められていくと考え、より多くの方々と現代アートをつなぐハブとなるために、新たに「コンテンポラリーギャラリー」を2020年から展開しております。
アートは教育にも、ビジネスにもいい影響を与え、未来に大きな可能性を秘めている!
――これからのアートの可能性をどのように感じられていますか。
金子:現代の教育のあり方も、これまでの知識偏重の詰め込み型の教育から大きく変革されています。例えば、小学校課程においても、あるアート作品を見た時に自分が感じたことや感情の動きなどを自分の言葉で表現するといったプログラムが取り入れられています。
こういった取り組みは、アートの制作や鑑賞を通じて自己の感情表現や整理に役立ち、自己受容や自己肯定感に繋がり、ポジティブな行動につながりやすくなります。
また、個人の自由な感性や豊かな表現力を養うだけでなく、相手の考えや感じ方を理解し、受け入れ、互いに認め合うといった多様性・ダイバーシティの教育にも役立っています。
100人いたら100人が好きという作品はありません。一つの絵の見方でも、100人いれば、人と違った見方や違った感じ方、解釈が100通りあるのです。
これは仕事の環境や働き方にも共通して言えることです。これまでのように常識にとらわれ、言われた通りに言われたことをマニュアル通りに働いていても、新たな価値創造は生まれてきません。より創造的な仕事を行うための、自由な感性やこれまでにない考え方、豊かなコミュニケーション力が必要とされる時代にあって、アートの果たす役割はますます広がっていくのではないかと思います。

藤崎:
ある時、アートビジネスを行っている方に、アートを購入される方はどんな目的でアートを買われているのか、お聞きしたことがあります。
その答えは「アーティストの持っている思想がすごく面白く、それを体感したいから」という答えでした。
三越さんが、コンテンポラリーギャラリーを始められたのは2020年からですが、これまでアートに特に関心を持っていなかった人でも気軽に立ち寄れる環境となっており、何か作品を見て感じることがあれば、それは自分を見つめ直す時間や新しい発想のきっかけなどにもなるかもしれません。100年以上、本物のアートの見続けてきた、三越さんならではのあらゆるアート表現への受容の眼差しとアートの裾野の拡張に向けた姿勢に大変共感を覚えました。
――今後の日本橋三越本店のアート事業では、どのようなビジョンを描いているのでしょうか。
金子:私が入社した頃と比べると、日本橋を行き交う人の姿もだいぶ若返ってきたと実感しています。今後、日本橋もさらに再開発が進み、街自体が「伝統と革新」を繰り返し、さらに進化を遂げて、新しい魅力があふれるような日本橋の未来の姿にワクワクしています!
さらに、三越は長い歴史の中で、数々の価値観を受け入れてきました。だからこそ、美術館・ギャラリーが今ほど隆盛していなかった時代も、「日本の美術」の裾野を拡げ、豊かな文化芸術を大事に育て、しっかり根付かせることができたのではないかと思っています。
社会に、街に、ビジネスの場に、そして人々のQOL向上のために。
新たなアートの価値領域を広げ、価値を革新し、未来の日本橋の街の魅力となるようなアートを創造していきたいと思います。
私たちは、先駆者たちが切り拓いてきた美術の歴史へ敬意を払いつつ、日本美術の歴史・文化・美意識を再発見し、時代に即した新しい価値観をつくり出すことのできる作家やアートをトータルにプロデュースし、これまでになかった三越のアートビジネスを切り拓くために、 これからもチャレンジを続けていきます。

<インタビュー協力>
会社名:株式会社三越伊勢丹
住所:東京都新宿区新宿三丁目14番1号
撮影場所:日本橋三越本店
取材協力(アーティスト):藤崎 了一
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