2020年、日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出を±0にする「カーボンニュートラル」を目指すと宣言しました。
これにより官公庁はもちろんのこと、地方自治体や大中小の各企業、ひいては一人ひとりの国民にいたるまで、カーボンニュートラルへの取り組みを意識しないわけにはいかないのが現状です。
今回取材させていただいた日本空港ビルデングもそれらの取り組みを全面的に推し進めているわけですが、ただ同社の場合、自社内の取り組みだけにとどまらず、そこから得た知見を「他の空港や企業にも広めていこう」としている点が耳目を集めています。
なぜ羽田空港ターミナルビルの管理・運営を行っている日本空港ビルデングが、それほどまでに脱炭素社会への取り組みに力を入れているのでしょうか。
その理由を解き明かすため、今回は同社が取り組んでいる具体的な事例と、その中で特に注目されている放射冷却素材「Radi-Cool」について、詳しくお話をうかがいました。
「日本の空の玄関口」東京国際空港(羽田空港)の運営を担う日本空港ビルデング
日本空港ビルデングは、東京国際空港(以下、羽田空港)の旅客ターミナルビルの建設・管理運営を主軸に、免税店を含む空港内の店舗での物販や飲食店舗の運営、そして機内食の製造・販売など、日本の空の玄関口である羽田空港をトータルに支える企業です。
また羽田空港で培ったノウハウを活かして、成田国際空港、関西国際空港、中部国際空港などの国内外の各空港へも事業を展開しています。
同社は民間の企業ではありますが、旅客ターミナルビルという公共性の高い施設の建築・管理運営を担っているため、高いレベルでの社会的役割を果たすことが期待されており、その使命感もあって、より積極的、能動的に環境問題に取り組んでいるといえるかもしれません。
2050年カーボンニュートラルへの取り組み
日本空港ビルデングは日本の空の玄関口である羽田空港を環境に優しいエコエアポート(※)とすべく、省エネ・CO2削減対策への取り組み、低炭素社会・循環型社会・自然共生社会の実現を目指している「東京国際空港エコエアポート協議会」の主要メンバーです。
東京国際空港エコエアポート協議会の主要メンバーとして
「東京国際空港エコエアポート協議会」とは国土交通省が策定した「エコエアポート・ガイドライン」を基軸に、日本空港ビルデングなどを中心とした空港管理者、JALやANA、京浜急行電鉄といった航空・交通事業者、その他の空港関連事業者から構成された組織です。
日本を代表する空港である羽田空港をエコエアポート化することは、空港における CO2排出削減に寄与するのはもちろんですが、その他にも以下のような様々な効果を期待することができます。
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空港の経営基盤強化
太陽光発電などの自家発電で得た電力を売電することで収入を確保し、ESGを重視した経営・事業活動をすることで投資資金を呼び込むことができる。 -
航空会社の国際競争力強化・利用者負担軽減
温室効果ガスの削減効果を炭素クレジットとして販売することで、空港の持つ国際競争力を強化し、空港を利用する人の負担を軽減することが期待できる。 -
空港周辺地域との連携強化
現在あまり活用されていない周辺用地を太陽光発電などで活用し、災害時に周辺地域に電力を供給する。
日本空港ビルデングはこの東京国際空港エコエアポート協議会の主要メンバーとして、「空港分野におけるCO2削減に関する検討会」「空港建築施設の脱炭素化に関する検討ワーキンググループ」等に参加。
また以下に紹介する様々な取り組みが国土交通省航空局に認められ、「空港脱酸素化推進事業費補助金」を受けるなどの成果をあげています。
東京国際空港ターミナルビルでの具体的な取り組み
ターミナルビルでCO2を多く排出するのは、照明や空調に使用される電力です。
羽田空港ターミナルビルでは、それらの最適化による消費電力の削減や、太陽光発電などにより、CO2の排出量の削減に取り組んでいます。
照明電力量の低減・効率的な冷暖房
照明においては自然光を積極的に取り込むことで日中の照明の使用を抑えるとともに、LED照明を採用。
また昼間の日差しの強さによって明るさを変え、人のいる・いないで照明のオン・オフを切り替えるなどの制御をおこなうことで、使用する電力量を低減しています。
冷暖房では空間全体ではなく、利用者が滞在する空間を中心に空調を使用することで、快適性と電力使用の効率性を両立している点がポイントです。
地中熱ヒートポンプ
建物の杭基礎内部に地中の熱を回収する配管を埋め込み、ヒートポンプで地中熱を回収。
それを空調に利用することで消費電力を削減することに成功しています。
ガスコージェネレーションシステム
都市ガスを燃料として発電し、発電の際に発生する排熱を空調や給湯に活用できる「ガスコージェネレーションシステム」を導入しています。
メガソーラー
第1から第3まであるターミナルビルの屋根部分や屋上には太陽光発電のパネルを設置。年間300万kWhを発電しています。
これは一般家庭の800〜1,000世帯が利用する年間使用電力に相当する規模です。
低公害車の導入
ターミナル循環バスに環境負荷の小さいハイブリット車や水素バスを導入しています。
電気を使用せずに快適な環境を作り出す放射冷却素材「Radi-Cool」とは?
空港を利用するお客様がいる限り、空調を止めるわけにはいきません。
そのため空調使用の最適化をおこなっても使用する電力量の削減には限度があります。
そこで日本空港ビルデングが注目したのが電力を使用せずに快適な環境を作り出す放射冷却素材「Radi-Cool」です。羽田空港のボーディングブリッジや連絡橋にRadi-Coolのフィルムタイプを施工し良好な冷却効果を実現しました。
現在同社ではRadi-Coolを羽田空港内の設備に使用するだけではなく、販売代理店として積極的に他の空港などに「よこ展開」をおこなっています。
そこで同社がRadi-Coolを取り扱うようになったきっかけや理由についてうかがってみました。
Radi-Coolとは?
Radi-Coolは一般的な熱反射フィルムのように日光による熱を反射するだけでなく、内部に埋め込まれた無数のナノ・メタ・マテリアルによって建物内部の熱を外部に排出し、室内の温度を下げることができる環境対策素材です。
これは自然界で日常的に発生している自然現象「放射冷却」の原理を利用したもので、電力を消費せずに冷却効果が得られるため、エコでサステナブルな素材ということができます。
Radi-Coolを取り扱うようになったきっかけ
日本空港ビルデングがRadi-Coolを取り扱うようになったきっかけをうかがうと、そこには「社会的背景がありました。」という言葉が、日本空港ビルデング営業推進室の島田 亮一様からかえってきました。
島田様:
地球温暖化による気象変動が全世界で起き、2050年のカーボンニュートラルへの取り組みが待ったなしという状況になりました。
各企業はカーボンニュートラルへの対応を含めたESG的な経営戦略が欠かせないものとなり、これまでの「お客様がいらっしゃったらとにかく膨大なエネルギーとともに空調を使用して快適な空間を提供する」という時代は終わりを告げました。
また喫緊の課題として電気の使用量を押さえていかなければならないという事情も合ったようです。
島田様:
「空港の旅客ターミナルビルという公共的な施設において、空調関連の電気使用量を減らしつつ、CS(Customer Satisfaction)を向上させていくためにどうしたらよいのか!」という切実な問題もありました。
そんな時に出会ったのがRadi-Coolだったのです。
確かに透明なフィルムタイプのRadi-Coolを使用すれば、自然採光を積極的に取り込むことで日中の照明の利用を抑えつつ、「熱」という太陽光が持つデメリットを解消することが可能です。
そこで照明と空調の双方で節電効果が見込めるこの素材について、同社では早速実証実験を始めることにしました。
羽田空港ターミナルビルにおける検証結果
羽田空港ターミナルビル内では、実証実験としてボーディングブリッジ(ターミナルビルと旅客機を結ぶ設備・搭乗橋)、連絡通路、警備員が詰めるガードマンボックスにRadi-Coolを使用。
最大で−10℃近い冷却効果を得ることができました。
ボーディングブリッジ
連絡通路
ガードマンボックス(塗料タイプを使用)
ガードマンボックス(フィルムタイプを使用)
他の空港施設や企業体での実績
羽田空港ターミナルビルでの実証実験の結果を踏まえ、日本空港ビルデングでは他の空港施設や企業にRadi-Coolを販売、導入し、温度の低下、省エネ効果を実現するという実績を得ています。
山形空港ビル株式会社
夏暑く冬寒い山形空港では面白い結果が出ています。
ボーディングブリッジへの施工結果で、夏季では「-7.1℃」と大幅に室内温度が下がったのに対し、冬季では「-2.5℃」の下落にとどまったのです。
Radi-Coolは暑ければ暑いほど温度差が発生するという特性があり、気温が低い時はあまり温度差が発生しません。
夏の終りには肌寒くなることもある山形では、常に適度な温度差を発生することが可能となっており、空港職員の方も「非常に人間の感覚に近い製品だな。」という感想を述べていらっしゃいました。
連絡通路
ボーディングブリッジ
建物への施工事例
商業施設
ガラス面に対し透明フィルムを施工
システム建設
ガラス面に対し透明フィルム施工
実証実験での知見を広め、脱炭素社会における社会課題解決に取り組む
日本空港ビルデングのカーボンニュートラルへの今後の取り組みや目標についてうかがいました。
「今後も当社は、羽田空港で実証実験を行い、効果が得られたRadi-Coolを販売し広めることで、地球温暖化対策及び脱炭素化等の社会課題の解決に向けて取り組みを進めてまいります。」
とのこと。
羽田空港ターミナルビルの運営で得た知見を元に、自社だけではなく、カーボンニュートラルへの対応を迫られる社会全体に貢献していきたいという強い思いを感じることができました。
まとめ
地球温暖化対策、カーボンニュートラルへの取り組みは、世界中の国はもちろん、各企業、各個人ともに逃れることができない問題です。
その取り組みには様々な方法がありますが、今回取材したRadi-Coolという素材を利用することは、学校・病院・物流施設等様々な施設への導入の可能性を秘めており、非常に汎用性の高い対策だと感じました。
日本空港ビルデングの試みが、今後一層広がっていくことを期待したいと思います。